瞑想の実習によって至る『境地』とは。〜100%フルに生きること〜
きょうも、FM88.8まで周波数を合わせていただきまして、ありがとうございます!
瞑想をしている人は誰しも、どこかのタイミングで、『瞑想の境地』という言葉に興味を持ち、惹かれるものです。
それは、「〇〇さんは瞑想中に、光の洪水に見舞われたらしい」とか、「瞑想をしていたら突然、精霊とコンタクトが取れるようになってしまいました!」といったお話を聞いたりするときに、喚起されるものかもしれません。
「自分もそんな体験をしてみたいな〜」といった好奇心や、「そんな体験などしたことがない自分は、瞑想に向いてないんじゃないか」という劣等感の裏返しとしてであったり・・とにかく、瞑想をしている者なら、『瞑想の境地』という言葉と対したとき、まったくの無関心ではいられないものです。
ただ、『瞑想の境地』と言ったところで、悟り?空?意識の変容?いまここ?解脱?と、結局よく定まらない、捉えどころのないようなものとしての認識しか無いのが、普通ではないかと思います。
今朝の誘導瞑想の配信では、瞑想と共に生きるとき、どのような『境地』に至るのか、ひいては、瞑想を人生に生かして100%フルに生きるとは、一体どういうことなのかについて、瞑想スペースAOYAMAからの回答を知ることのできる内容となっています。(下記動画で、お話は50分〜)
100%フルに生きるとは
瞑想をしていくと、「いま、本当に自分がしたいこと」に、心が開かれていきます。
もしくは、そのような「息づき」を、自身の内に発見するようになります。
どんな瞬間においてもです。
これを逃さずに、(時に勇気のいることかもしれませんが)、これに抵抗せずに、スッと行動に出せるとき、本来の自分の望む世界を創造してゆくことができます。
瞑想は、これを逃してしまう心の曇りや、抵抗をはじめとした、スッと動くことを妨げている諸々を癒し溶かし、解放するプロセスを含みます。
(なので、自己の癒しと目覚めを促進させるヒーリングも受けながら進めることは、大きな意義があるわけですが・・)
いずれにしても瞑想は、宇宙創造の根源と共に在る時間です。
つまり、「いま、本当に自分がしたいこと」「息づき」といったものが、個人的な願望というよりは、宇宙といった、自分よりももっと大きな存在がGOと言っているような感覚(絶対感覚)として、感じ捉えることができるようになります。
瞑想によって深まる、宇宙大の意識。
これを存分に深めながらも、ここだけに偏らず、広大なもの(&瞑想による繊細なもの)を捉えているがゆえに息づくものを、実際の行動として存分に行為するとき、それは『内側の世界100%、外側の世界100% どちらもフルに生きることが大切(大聖マハリシより)』を実践することとなりー。
すなわち、内も外も、どちらも極めることになります。
とかく現代は、個人的に「やりたいこと」「実現したいこと」だけにフォーカスのすべてを置いて、近視眼的になりがちですが・・、瞑想中に感じる『自分を内包した、より大きな存在感覚』の側から、『知っている』という感覚にも心を開いてゆくことが、その「やりたいこと」「実現したいこと」も結果的に叶えてしまう、大切な鍵になってきます。
「今やりたい息づくこと」をスッと出せるという『自由』と、全容的な感覚から来る、『絶対』。
この一見相対するような感覚が重なるポイントを極める(=統合する)ということです。
以前の記事に載せた、こんな図にも近いお話でした。
Information♪
2017年 瞑想リトリート第一弾!
として、下記の通り発表になりましたので、お知らせ致します!
パラマハンサ(天翔ける)ヨガナンダ&大聖ババジと繋がる
9泊10日・宿泊瞑想会〜with広大な宇宙の拡がりを感じる星空瞑想〜
2月24(金)〜3月5(日) (4日(土)までの可能性もあり。現在調整中。)
清里にて、開催決定!!
また追って、詳細お知らせ致します!
お楽しみに☆
ありがとうございました!