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FM88.8 瞑想RADIO

瞑想のある毎日。

目覚め体験のような夢。〜瞑想フェスin愛知も、始まります!〜

きょうもFM88.8 瞑想RADIOにアクセスいただきまして、ありがとうございます!

今朝、面白い夢で、目が覚めました。

「面白い」といっても、目が覚める直前までは、夢の中でうなされていました。


ー なぜか自分の車やレンタカーなど、車数台を駆使して、どこかを旅行して回っていて、旅の終盤まで来たところで、


「あれ?ところで『自分の車』は、どこに駐車したんだっけ?」

というのが分からなくなり、どこだろう、あの辺りかな?、いやここじゃない・・
というのを延々とやった末に、ただの夢であることに気づいて、

「(実際の)外の駐車場にあるじゃん!」という安堵感で目が覚めた、というものでした。

怖い夢を見て、恐怖感で目が覚めるというのはありますが、安堵感で目が覚めるという体験は初めてのような気がして、しばらく、この夢のことが気になっていました。


夢の中の出来事やモノに安心したのではなくて、夢から覚めた世界にある実際の実在のモノ(車)に安心して目が覚めたということに、どこか、「覚醒・悟り」といわれる体験で起こることを、描写しているものであるようにも感じました。


つまり、目を醒ませばずっとそこにあったことが分かるものを、無い無いと探し回っているのが人生という夢であるとしたら、「覚醒」というのは、そんな夢から醒めて「なんだ、大丈夫だったんだ」と、心の底から了解することなのかもしれません。


また、きっと「覚醒」や「悟り」とは、そんな夢の中にフォーカスがあるときには起こり得ないもので、夢の外(に実際にある車)のような、事実的、実際的、実存的(=いまここ)なものに100%純粋に気づいたとき(=存在するとき)に起こるもので、このような事実、実際、実存に徹底的に根ざすことで、寝ている状態から醒め、目覚めや悟りに至ろうとするのが、禅であり、マインドフルネスであり、ヴィパッサナーではないか、と思ったりしました。


このように、あらゆることを見尽くすことでゼロポイントという空に至ろうとする、禅やマインドフルネスやヴィパッサナーなどの瞑想がある一方で、宇宙の創造にまつわる音(マントラや祝詞)のバイブレーションで空に至ろうというアプローチが、フルフィルメント瞑想、TM瞑想、原初音瞑想などになるでしょうか。


このように、すべて『空』(空に認識を持って至る・空を存分に活用する)というゴールを定めながら、そのゴールに至る方法論として、世界中にある瞑想は、上記の2種類に大別できるのではないかと思います。


すなわち、見尽くすことで0になる方法と、バイブレーションで0になる方法。

 

気づきと変容のためのツールとして、この世に存在するあらゆるメソッドやアプローチは、究極的にすべてこの2つに収束するものであると思えてきます。

そして、瞑想以外の時間においても、「見尽くす」ことと、「バイブレーション」を活用して、空(くう)という0とすべての可能性の場を保ち続けることで、本当の自由自在な創造ができるかもしれないと、目下、実践中です。


空(くう)を日常生活に保ち続けることの真価を実感し、あらためて体験談的にブログで報告するのを目標としてみたいと思います。

 

瞑想フェスin愛知も、はじまります!

「井上あつこ先生」から、『愛知でも瞑想フェスを通じて、瞑想の輪を広げていけたら』ということで、嬉しいメッセージを頂戴しました★

ご自身の瞑想の生徒さんで、教育の現場に瞑想を取り入れることによる可能性を見ている方に感化されながら、『世の中のエネルギーの流れは、当たり前のように瞑想、調和しつつつながりつつみんなで上がっていく、と言う方向にあるのだな』と感じられたそうです。

(自分も、いつか教育機関で、おもに10代の若い子を対象に瞑想を普及する活動に従事するような絵は、どこかずっと前からあったりします。)

「瞑想の可能性」というものへのハートの熱が、確実に伝播していっているのを感じました。

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(前回の瞑想フェスin西荻窪の様子)

 

ありがとうございました!